御器屋町は360年続いた町名。
- 御器屋区自治会ブログ
- 2018年3月15日
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静岡の御器屋町という町名が昭和44年4月1日から西草深町に併合されなくなった。 御器屋町の歴史は古く慶長12年(1607年)徳川家康が駿府城に隠居し、同14年に駿府城の一大拡築工事の竣工に引き続き、駿府の町割りがされたとされ、この町並みにより開かれた町名とその区画は明治初年の頃まではそのままで、その町数は96ヶ町この外に追手町や鷹匠町、水落各町、東草深各町、番町方面各町及び屋形町等お城や武家屋敷屋敷町として庶民以外の者の住める町として27ヶ町あり、合計124ヶ町が駿府の区域であり且つ総町数であった。 よって、御器屋町は1609年に町割されて西草深町に併合された昭和44年は1969年なので、実に360年の歴史に幕を閉じたことになる。しかし、その後昭和44年(1969年)から平成20年(2008年)現在に至るまでの39年間は何故か、西草深町御器屋区町内会が存在し続け、その町内会長が代々存在し続けて、町内の問題解決、行事等を行っているのが現実である。それほどまでにかたくなにこの御器屋町と言う町名にこだわっているならば、いっそ御器屋町の町名の復活ということはあり得ないのであろうか?
ちなみに写真は、御器屋町という町名が存在した当時の先輩方の写真。
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