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お施餓鬼会を開催しました。

 松源寺の高橋裕行和尚様を迎えて、西草深町御器屋区自治会の2026年度のお施餓鬼会を開催しました。和尚様の法話で、妙心寺二世の微妙大師(みみょうだいし)のお話をしてくださいました。「少水の魚に楽しみあり」少水は環境、魚は人生と解釈し、環境は自分の解釈次第で楽しいと思えるというお話だったと思います。同義語として「日々是好日」のお話もありました。


【資料配布】

お施餓鬼とは

 餓鬼道に堕ちて飢えと渇きに苦しむ「餓鬼」に食べ物や水を施し、その功徳をご先祖をはじめすべての精霊に回向(えこう)する法要です。自分の家の先祖だけでなく、供養してくれる縁者のない「無縁仏」までも分け隔てなく供養するところに、大きな特徴があります。

餓鬼とは

 仏教では、生き物は行いに応じて六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)に生まれ変わるとされ、その一つが餓鬼道です。餓鬼は喉が針のように細く、食べ物を口にしようとすると炎に変わってしまうなど、満たされない飢えに永遠に苦しむ存在とされます。むさぼりの心(貪欲)の象徴でもあります。

由来となった物語 お釈迦さまの弟子・阿難尊者の前に、口から炎を吐く餓鬼(焔口/えんく)が現れ、「お前は3日後に死んで餓鬼に生まれ変わる」と告げます。助かる道を問うと「無数の餓鬼に食べ物を施せば寿命が延びる」と言われ、阿難が釈迦に相談すると、わずかな供物を無量の施しに変える法を授けられます。これを行って救われた——この説話が施餓鬼の起こりと伝えられています。

お盆との違い

  お盆が「自分の家のご先祖」をお迎えする行事なのに対し、施餓鬼は縁のあるなしを問わず、あらゆる精霊・無縁仏に施しを向ける点が異なります。本来はいつ営んでもよい法要ですが、お盆の目連尊者が餓鬼道の母を救う話とも縁が深く、夏・お盆の時期に合わせて行われることが多くなっています。

行事の中身

 本堂や会場の脇に、通常の仏壇とは別に「施餓鬼棚(施食棚)」を設けます。そこに水の子(賽の目に刻んだ野菜など)、閼伽水(あかみず)、季節の供物を供え、五如来や施主の名を記した施餓鬼幡(旗)を立てます。僧侶が経文や陀羅尼を唱えて供物を無量に変じ、餓鬼に施したうえで、その功徳を回向します。

込められた心

 根本にあるのは「布施(分け隔てなく施す心)」と「慈悲」です。見返りを求めず、縁のない相手にまで手を差し伸べる。また餓鬼の姿は、満たされてもなお欲しがる私たち自身の貪りの心の写し鏡でもあり、我が身を省みる機会ともされています。地域で営む施餓鬼は、地元のご先祖や無縁仏を皆で供養しつつ、住民同士のつながりを確かめ合う場にもなっています。


 
 
 

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